2024年奨学金授与の旅:ヴォ・ティ・サウ高校

アンザン省チャウドック市にあるヴォ・ティ・サウ高校の校名になっている「ヴォ・ティ・サウ」は、フランスのベトナム支配に反対しゲリラ戦を行ってフランス植民地主義者によって逮捕され、1952年、19歳のときコンダオ刑務所で処刑されたベトナム女学生の名前です。

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 この高校の名前の由来である、抗仏闘争時19歳で処刑された英雄ヴォ・ティ・サウを称えるダンス。2015年訪問時にも、振り付けは異なりますが、ヴォ・ティ・サウのダンスを観たことがあります。

 父は私が小さいときに亡くなり、それから家庭は母の肩にかかりました。他の子どもたちとは違い、私は母の苦労の姿を見ながら勉強し、家庭の助けになるよう頑張りました。物は少なく貧しかったけれど、母の愛が私のモチベーションでした。
 FUJI奨学金からの物的支援と皆様からの励ましのお気持ちをいただき、母と共に喜んでおります。奨学金は大きい金額ではありませんが、精神的な励ましです。私は将来の夢に向かって頑張ることを誓い、勉強に励み、皆様の期待に応えるよう努力します。そして、故郷であるアンザン省チャウドック市を誇りに思えるよう頑張ります。

 24年前、私は10人家族で、経済的に困難な家庭でした。そんな中、父母は私たち4人姉妹を学校に通わせてくれました。2000年にツ・コア・ギア高校に合格して親は喜んでくれましたが、私には心配の方が大きかったです。家から学校まで7kmあるのに、自転車を買うお金がないので、どうやって通学すればいいのかと悩んでいました。しかし、先生がFUJIの奨学生に選んでくれたおかげで自転車を買うことができ、高校に通うことができました。

 FUJIの活動は、チャウドック市の困難な生徒たちを助けてくれました。私はそのような生徒の一人です。FUJIの奨学金を受けた友達の中には、現在、社会的地位を得て活躍している人が多くいます。私は現在ヴォ・ティ・サウ高校の教師として、FUJIの奨学金を受けている多くの生徒を教えており、これは私にとって誇りであり、FUJIとの深いつながりを感じます。生徒たちを見ると、24年前の自分を思い出します。

 この24年間を振り返って思うことは、「環境を選ぶことはできない。しかし、環境を変えることはできる」ということです。
 人生には困難が伴いますが、それに挑戦し、前に進まなければなりません。
 今日、生徒たちに伝えたいのは、「忍耐を持ち、くじけずに勉強し、自信を持って頑張ること」です。「物質的な欲求に走ることなく、勉強に集中して良い成果を出すこと。また、困ったときは周りの先生や生徒、社会からの援助を求めること」が大切です。
 私の父は、貧しくて土地や財産は与えられませんでしたが、「勉強だけはさせたい」と言ってくれました。

[注:当時FUJI教育基金は、チャウドック市ツ・コア・ギア高校の生徒に奨学金を贈っていました。https://new.fuji-qhb.org/tours2000-2014/fuji-tours-2000/#tsukoagiaTKN_zhonggao_xiao2000nian_dang_shi]

 

こんにちは。わーお元気で嬉しい。青春の香りぷんぷんです。
まずこの度のベトナムの水害を心よりお見舞い申し上げます。
私はFUJI教育基金の仲間を代表して挨拶させていただきますシルバーの78歳です。

今回が最後の奨学金となりました。

1996年から30年間約6500人のベトナムの中学生、高校生、大学生へ奨学金を贈ることができました。
貧困や家庭の事情で学校へ通いたくてもいけない子供さんたちが勉強を続けられることを願って毎年贈ってきました。この同じ思いを共に持つベトナム人、日本人の仲間でお金を出し合って続けてきました。
その子供さんたちの中からベトナムの学長や教師になり、次の世代の人たちのために役立つ仕事をされてる方もいらっしゃいます。

そのことも私たちの大きな喜びとなり、微小ながら力添えになっていると実感しています。
日本には十年ひと昔ということわざがあります。この2024年では古いことざわとなり、笑われてしまいます。皆さんも、小学生も、スマートフォンで自在に世界のニュースを共有できる時代です。シルバーの私たちも、新聞やテレビでベトナムのニュースを見つけると夢中で見入ります。ネットの情報もしかりです。
この長い30年を振り返り継続できたのは、やはりベトナムが大好きだからです。美しい風景、おいしい海産物、果物等をと楽しみでした。それと志を共にする仲間が居たからです。

一人では微量でも十人、二十人と増えると持続できる大きな力となる実感です。
皆さんも高校で仲間をたくさん作り、今人生の過渡期で迷うこと、泣くこと楽しいこと、共有できる友人を作ってください。
そしてこの美しい故郷を好きでいてください。
そのことがいつかきっと外に出て役に立ち、このベトナムの発展へと続くはずです。

最後に30年の長きに渡り、生徒さんをはじめ先生方、関係方々、御父母の皆様、地域の皆様の暖かいまなざしをありがとうございました。
私たちはこれからもベトナムの皆様の笑顔は忘れません。
ずっと応援しています。どうぞお元気で!ありがとうございました。

歌手ハイ・イェンさんは、ハノイからボランティアで参加してくれました。

功労芸術家である歌手ハイ・イェン(singer Hai Yen;Hải Yến)さんは、子供向けの歌を数多く歌う歌手。若い頃、ナイチンゲール・チーム、ハノイ子ども宮殿、ソンカ・チーム、ベトナムの声(タン・ラム、ホン・ニュンなどと共演)で活動し、多くの子供向けの歌を録音した。観客に愛されている「Mau ao chu bo dot」、「Ban tay me」、「I love To quoc」、「Khi em nghe goi he…」などの歌は、70年代後半に録音された。これらは現在でもベトナムの声のラジオで放送されている。
また、ハイ・イェンさんはドラえもん、ドナルドダック、チム・トゥイティ、Cho trai dat xanh…など、子供向けの歌も数多く手がけた。多くの外国語(約30か国以上)で歌える歌手としても知られている。
ベトナム青少年劇場(Nhà hát Tuổi trẻ)に所属して公演を行っている。https://youtu.be/ajCMrKA1x88?si=P7d4v2mmDcrQMbAA

グエン・テ・ヴィン(Nguyen The Vinh)さん
https://www.youtube.com/channel/UCb4mTEh9wa36nTieprPn4WA
1973-77年:軍事芸術学校(現軍事文化芸術大学)の単弦楽器(一弦琴;ダンバウ)科を優秀な成績で卒業。
1978-80年:総政治局歌舞団(現軍事歌舞劇場)で活動。1979年の国境紛争の前後、南西部国境と北部国境全域で軍のために演奏。
1981年、国立音楽アカデミーでドラムを学び、1982-94年、青年劇場オーケストラでドラムを演奏。
1996-2012年:青年劇場の渉外および管理を担当、 2001年から外務副部長を務めた。
2012-17年:ベトナム国立演劇劇場(Nhà hát Kịch Việt Nam)支配人となり、劇場の再建と若手アーティストの育成に尽くした (https://qr.paps.jp/UNWoS)。

 FUJI教育基金に賛同してしてくれた木村さん制作の友禅染額装をプレゼントしました。友禅染は日本の伝統な染め工芸で、着物や帯を染める際の伝統的な技法です、豊かな色彩と繊細な線を表現できる美しい染物です。
 なお、今回メコンデルタの各校にも贈呈しました。

 FUJIの支援は2008-09年度から始まり、今年で16年になります。ヴォ・ティ・サウ高校で奨学金を受けた生徒は数百人に上り、様々な分野で活躍しています。生徒たちが、FUJIの方々のように周りの人たちに関心を持ち、助け合っていくことを願っています。

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