An Giang Univ. 奨学生

2008年アンザン大学奨学生からの感謝の手紙

2008年、アンザン大学の奨学生たちから、心のこもった感謝の手紙が届きました。以下、紹介いたします。

ただし、ほとんどの手紙は、前文として奨学金をもらえることへの感謝や喜びが述べられ、最後に、勉強への決意や基金へのお礼などで結ばれています。手紙の数が多いこともあり、こうした前文・結語は以下、省略して紹介いたします。

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2011年アンザン大学奨学生からの手紙

 2011年のFUJI教育基金・奨学金授与の旅では、9月30日にアンザン大学を訪れました。授与式のあと、アンザン大学の奨学生から、感謝の手紙が7通届きました。翻訳は、北山夏季さんがしてくださいました。

 なお、手紙の数が多いこともあり、ほとんどの手紙に書かれている感謝やお礼などの前文・結語は省略して紹介いたします。

カオ・ティ・キム・ホンさん

 私は、同世代の友人たちのようなよい環境に恵まれていません。
 私の家族はとても貧しくて、両親は雇われ仕事をしていて、誰かに仕事を頼まれたらそれを請け負うような生活です。
 毎日食べていくのがやっとで、私たち3人の子どもを学校へ行かせるお金を何とか捻出しているような暮らしをしています。子ども3人を学校に行かせるため、家計には余裕がありません。
 ですから、ほかの友だちのように、服や本など十分に買うことができません。

 高校3年生の時、卒業試験の勉強のために「生物学の試験問題集」を買いたかったのです。
 けれどもその本は少し高くて、その頃何週間も父の仕事の依頼もなくて、家計が困窮していたので、母に相談することができませんでした。
 毎朝、学校に行く前には冷ご飯を食べたり、遅刻しそうになって朝食を食べられなかったりして、それから2週間ほどたって、朝食代を浮かせた分でやっと問題集を買うことができました。
 たぶんバランスよく食べてなったり、徹夜したりしていたせいでしょう。
 ある日の昼、すっかり疲れてしまって、学校から帰宅すると、突然倒れてしまい、7日間も入院しました。

 子どもたちのために大変な思いをして働いている両親を思って、頑張ってたくさん勉強しよう、もっともっとたくさん勉強しよう、そして両親の期待に応えようと、自分に言い聞かせてきました。
 現在、大学に進み、両親にさらに負担をかけてしまっています。
 両親の表情から、私の進学を喜び、誇りに思ってくれていると感じますが、いろいろと心配をかけていることも分かっています。私の毎日の食費から、私の学費、下宿代、教材費まで面倒を見てもらっています。

 FUJI教育基金は物質的な面だけでなく、心の面でも大きな意味を持っています。
 奨学金は、私にやる気、自信、誇りを与えてくれました。
 自分自身のためだけではなく、私のそばで応援し励ましてくれるみんなのために、どれだけ大きな困難がやってこようと、立ち止まってはいけない、弱気になってはいけないと思っています。
 応援してくれているのは、家族や、友だち、そして基金の皆様です。
 改めて、FUJI教育基金の皆様に心からお礼を申し上げます。
 皆様の期待を裏切らないために、これからも一生懸命勉強します。

 この奨学金は私にとってとても大きなものです。
 これがあれば2011~2012年の一学期の学費の精算を済ますことができますし、英語能力試験レベルBの受験料を納めることもできます。残ったお金で家計を助けたいと思っています。

 あと一つ言いたいことがあります。
 笑わないでくださいね。これは私が考えているだけのことなんですから。
 私は経営者になりたいと思っていて、卒業したら、ルーンさんのように植物の苗や種や農具を販売する店を開きたいという夢を持っているんです。
 いつか、お金を貯めて、日本に留学したいとも思っています。桜の国が大好きで、日本人にもあこがれを抱いているんです。

グエン・ホアイ・タンさん

 私はアンザンで生まれ、育ちました。
 家は8人家族です。両親と5人兄弟です。家族は主に農業によって生計を立てています。

 祖父母は農業のことを、「天と地に身を捧げる仕事」とよく言っていました。
 両親は一年中畑仕事をしていますが、それでも私たち兄弟の勉学を安定させることは難しいです。

 私たち兄弟は家計を助けるため、次々と学校から離れていきました。下の弟に勉学の機会を譲るため、あるいは、勉強するというバトンを渡すと言った方がいいでしょうか。
 幸運にも、私は大学まで行かせてもらえた唯一の子どもです。

 私を育て、学校に行かせてくれた両親と姉たちの期待を裏切らないために、頑張って勉強して優秀な成績を収めなければいけないと、自分に言い聞かせてきました。
 両親の期待を裏切らないために、小学校からの12年間ずっと優秀な成績を収めてきました。
 その努力の甲斐があって、高校の成績は「優秀」でしたし、アンザン大学のバイオテクノロジー科でも優秀な学生として認められています。

 大学の合格通知書をもらったとき、私の心は嬉しさと不安が入り混じっていました。合格した嬉しさと、勉強を続けていけるかどうかという不安です。
 今まで勉強を頑張り続けるよう、私を慰め、勇気づけてくれたのは、両親です。父は私に、

 「頑張って優秀な成績を収めるんだぞ。お父さんはどこまでもお前を応援するからな。」

と言ってくれました。父のその温かい言葉を聞いて、涙が私の頬を伝いました。
 4年間ずっと、頑張って勉強し、自分の道徳心を磨いてきました。友だちの助けや支え、先生方の教え、家族の愛情に恵まれ、幸運だったと思います。

 さらなる幸運は2,300,000ドンという奨学金を、このたびFUJI教育基金よりいただけたことです。
 ほかの人たちにとっては、このお金は大した額ではないかもしれませんが、私にとってはとても大きなものですし、私にとってはちょうど困っているときの助け舟でした。

 もうすぐ大学の4年間を修了しようとしています。卒業後、後悔することがないように、一心不乱に頑張らなくてはならない時期です。
 卒業証書は私の夢をはぐくみ続け、社会に役立つ人間になるための財産になります。
 目の前の道には多くの障害や試練が立ちはだかるでしょうが、もっと努力してそれを乗り越え、成功を収めたいと思います。

 卒業後の進路においても、これまで以上に努力を続け、私のように困難な境遇にある家庭や子どもたちを支援するため、微力ながらも貢献したいと思っています。

ファム・ティ・ジェム・フォンさん(バイオテクノロジー科)

 この大学の合格通知書を受け取った高校生だったとき、表現しがたいほどの嬉しさと、悲しみが少しよぎりました。母が額に汗して働き、父が泥まみれになって働いている姿を思い出したからです。

 それから3年が過ぎ、相変わらず自転車で学校に通っており、時々倒れそうになります。勉強がとても大変で、生活費は足りないからです。 
 勉強以外に、私は毎日求人広告を見て、仕事を探し、両親を助けたいと思っています。

 実家を離れて通学しているので、よくホームシックになって、泣きたくなることがあります。でも、いつも頑張っている両親のことを想って、「泣いてはいけない、強くならなくては」と自分に言い聞かせています。
 いま、最終学年になりましたが、両親は一度もぼやくことはありませんでした。けれども、私は両親の白髪がどんどん増えていくのを見て、迷惑をかけているなと申し訳なく感じています。

 教育基金の奨学金のことを知ったとき心が軽くなったような気がして、2011年度の優秀奨学生20人に自分が入ったということを知ったときは泣いてしまいました。
 基金の皆様は「わずかばかりの奨学金」と謙遜して言われましたが、私にとっては物資的に支えてくれるばかりか、精神的な励ましを与えてくれる贈り物です。ベストタイミングで、実際的な支援が何物にも代えがたい贈り物であり、FUJI奨学金こそがそのような贈り物なのです。
 そしてもう一つ、私がとても感動したのは、基金の皆様がとても親切だということです。皆様に接して、人類愛に溢れるお心の温かさと人徳を感じました。

 奨学金をいただきましたら、そのお金を学費や学習に必要なものを買う費用に使います。
 私たちは頑張って勉強し、優秀な成績を収めてこそ、困難な生活から這い上がることができます。

ファム・ティ・ミ・ズェンさん(水産養殖学科)

 やる気のある学生たちが勉学を続けられるように何年間も支援してくださっているFUJI教育基金の皆様に心からの感謝を申し上げたくて、この手紙を書きます。
 同時に、大学の執行部から諸先生方にもこの奨学金を受ける機会を与えてくださったことに感謝申し上げます。

 FUJI奨学金はさまざまな境遇にある学生たちにとって、大きな意味のある奨学金です。
 この奨学金のおかげで、先輩たちも私たちもそれぞれ境遇を乗り越える自信を得ました。
 この奨学金のおかげで、人生は誰にも背を向けたりしない、人生には温かい愛情にあふれていると私たちは思えるようになったのです。

 私にとっては、奨学金をいただけたことは喜びであり、幸せです。
 よい成績を収めたことを知って母はきっと喜びます。
 学費や毎日の生活費や、教材や、下宿代といった、常に母の背に覆いかかっている重荷が少しでも軽くなるからです。
 支出は多いけど、収入は幾らもないんです。その重荷が母の両肩にいつもかかっています。

 学費と毎月の生活費を母からもらうために実家に帰るたび、母を困らせます。
 子どもが帰ってくるのは母にとっては喜びで、日ごろ会えない寂しさを消し去りますが、それといっしょに一番の心配事もついてくるのです。
 母は口に出して言わないけど、私たち兄妹にお金を渡せるほど家計に余裕がないときがあって、そういうときは、親戚にお金を借りに行っているということを私は知っています。
 そして、借金を返すために、仕事を増やすのです。

 ほかの女性たちは、心配事もなく、もっと幸せな環境にいるというのに、母の生活は休みが少なくて、仕事ばかりしています。
 その苦労した分を取り返すほどの日々の喜びも全くありません。
 私は母の人生も、ほかの女性たちのようであってほしい、もうこれ以上苦労してほしくないと願っています。
 だから私は、母の苦労をバネにして頑張っています。

 母は、私たち兄妹を学校に行かせるために、多くの犠牲を払ってきました。
 私は将来、安定した仕事に就いて、家族を養うことができるように、そして母を楽にしてあげられるように、頑張って勉強しようと毎日思っています。
 でも、そんな将来を現実のものにするには、大学の最終学年まで一生懸命勉強して優秀な成績を収めなければなりません。

 今日、FUJI教育基金の奨学金のおかげで、いちばん重要な課題である今年度の1学期の学費と、もうすぐ始まる専門の実習にかかる費用の納入ができます。

 2011年9月30日の奨学金授与式と、パーティーで、皆様の優しさ、熱心さ、明るさに触れ、皆様のことが大好きになりました。奨学金のほかに、とても素晴らしい贈り物もいただきました。
 いちばんうれしかったのは、基金の皆様が奨学金を一人ひとり渡していただいたことで、温かいお心が直接伝わりました。
 言葉の違いはありますが、親しく接していただき、その言葉の壁が無くなったように感じました。その触れあいの時間に、日本語ができたら皆様ともっといろいろとお話しすることができるのにと残念に思いました。

 どんなに楽しいパーティーにも終わりがやってきます。

 奨学金授与式の日、私たちは皆様にお別れを言わなければならなくなりました。皆様がいつまでも私たちのことを覚えてくださり、これからもFUJI教育基金が発展をつづけ、多くの学生が困難を乗り越え、勉学を続けていけるよう支援していただきたいと強く願っています。皆様のご健康、ご多幸、そしてご成功を心より祈念いたします。
 奨学金を本来の目的通りに使うこと、私たちに期待を寄せてくださっている皆様のお心に応えらえるよう一生懸命に勉強をするということをここに誓います。  

ファン・トゥアン・リエットさん(天然資源科 食品テクノロジー専攻)

 奨学金の額は、ほかの人たちにとっては、たいしたことがないかもしれませんが、私にとってはかなりの額で、このお金でいろいろなことができます。

 大事なのは、FUJI教育基金が私と他の学生たちが今直面している困難を乗り越えるために、奨学金を与えてくださったということです。みなさまは、私たちを物質的に支えてくださっただけでなく、奨学金授与式や懇親会において、その時間ずっと、まるで家族のように愛情をもって接してくださいました。

 このことは、おそらく私の人生の中で忘れることはないでしょう。

 私の家族はカンボジアに隣接していて、他の多くの地域のように肥沃で豊かな土地ではないドンタップ省タンホン県タンホコ村という辺境に住んでいます。

 私の父と母は小作人の出身で、家族は大勢の兄弟姉妹(9人)がおり、それゆえ生活は多くの困難がありました。兄弟姉妹にはすでに家庭があり、それぞれの生活も比較的落ち着いています。
 いま、私は最終学年で、2人の弟妹は学校に行っています。弟はホーチミン市技術師範大学の2年生、妹はタンホン高校の12年生です。

 父と母は60歳を越えました。働く力がかなり衰えましたが、それでも毎日食べていくためのお金を何とか稼ぎ、私と弟妹を学校に行かせるために、毎月およそ200万ドンというかなりの額を学費として除けています。子どもたちを学校に行かせるために、多くの時間を苦労して働いています。
 そんな両親を見て私の心が痛み、退学して働きに出て、家族と弟妹を助けようと思うことがよくあります。
 でも私がそういう話をすると、両親は私を叱ります。両親は、

 「私たちは一生農民で、学校にも行けなかったから、今みたいに山のような苦労をしている。
 一生懸命勉強することで、お前はもっと良い生活を手に入れることができるんだよ。
 いまの私たち家族の状況と同じままではダメだよ」

と言いました。
 両親の話を聞いてから、もっと勉強を頑張ろうと決心して、学校の時間外では私はコーヒー売りや、いろんなレストランのバイトや、チラシ配りのバイトをしました。お金を得て家族の負担を減らすためです。

 今日、FUJI教育基金の方から奨学金を受け取った時、私はとても嬉しく思い、そして興奮しました。それは私にとって本当に意味のあるものだったからです。
 私は奨学金の一部を使って学費を払い、その残りは卒業論文を書くための経費として使います。

レ・クォック・カンさん(農業・天然資源学部)

 私は農家に生まれました。
 4人家族で、父は失業中、母はちょっとした商売を営み、姉は高校の教員をしています。
 全員の収入を合わせても、その日その日をなんとか暮らしていける程度で、農作物を育てる土地もないので、雇ってもらわなければなりません。

 私は、自分が大学に行くなんて思いもしませんでした。私を大学に行かせるほどの余裕が家にはないと思っていたのです。
 大学で勉強することは、私にとって人生で最も大きな夢でした。
 勉強の大変さを乗り越えるのも、簡単なことではありませんでした。
 ですから、FUJI教育基金の奨学金は私の勉強にとって、大きな意義があります。
 学校の支払いや、教材費などの費用に、この奨学金を充てたいと思っています。

 短い時間ではありましたが、奨学金授与式や懇親会を思い出します。
 FUJI教育基金の皆様にお会いできて、とても興味深く感じました。あえて、こういう表現をさせていただきます。
 日本という国について知っていたことといえば、武士道のことや、日本人が忍耐強いこと、どんな性格かといったことでした。
 例えば、いちばん典型的なことといえば、日本人は第2次世界大戦後、世界の強国にまで上り詰めたということです。この戦争で、日本人はとても大きな損害を被ったというのに。
 また近年では、歴史的な地震が起き、大変な被害を受けました。にもかかわらず、日本人はその困難をいとも簡単に乗り越え、世界中を驚かせました。

 もう一つ申し上げたいのは、FUJI基金の皆様がとても親切で、私たちのいる環境に対して非常に関心を持ってくださっているということです。
 私たちのことをとても理解してくださっていることに、とても驚きました。私たちのことに強い関心を持ってくださっているのだと分かりました。

 自分が日本人と話をするときがやってくるとか、日本人の習慣や風俗について知るなんて、思ってもみませんでした。それは単なる夢でした。
 皆様とお話ししながら、日本に行って、ちょっとの間暮らしてみたいなぁとひそかに思ってしまいました。そうすれば、日本人の習慣や、「日のいずる国」の「ひと」と「くに」についてもっと学び、理解することができるでしょう。

 私にとって、FUJI教育基金はとても意義があります。
 基金のお金で、教材費や生活費が本当に助かります。それによってある意味、家計も助けることができます。
 FUJI教育基金は、私たちにこれからも頑張ろうというやる気を与えてくださいました。
 私は、基金の皆様や大学の先生方、社会の期待に応えられるよう頑張ります。
 これからさらに一生懸命に勉強し、皆様のご期待を裏切らないと約束します。

ファム・ヴァン・ホアイさん(農業・天然資源学科)

 私は農家の4人兄弟の中に生まれ育ちました。
 毎日、雨や日照りなど変わりやすい気候条件の下の農業なので、暮らしは少なからず苦労があります。
 家族の暮らしが大変なので、私の妹は8学年で退学して、両親の手伝いをしています。
 それでも3人兄弟の学費と家族全体の生活費がどんどん増えるようになって、子どもたちの学業を続けさせるために、両親は仕事量を増やさなければならなくなりました。 

 両親は高齢になってきたというのに、私たち3人兄弟を学校に行かせるためとても苦労しています。
 両親が苦労しているのを見て、私も退学して下の2人の弟たちを学校に行かせてやろうと思うときがあります。
 でも両親は私を励まし、「勉強してこそ、この苦労から抜け出せるんだよ」と言ってくれました。

 学校に行っている時間以外には、私もパートの仕事をして、学費や下宿代の足しにしようと頑張っています。
 さらには、もっと勉強して優秀な成績を収め、両親の期待に応えようと思っています。

 そして、このたび、幸運にも皆様から奨学金をいただきました。これは、私にとってとてつもなく大きなプレゼントです。
 はるばる日本から遠いベトナムに、特にアンザンというところへの移動の大変さに対して何のためらいもなくお越しになり、私や農業・天然資源学科の学生たちにかけがえのない愛情を与えてくださり、心から感謝いたします。
 勉強を続ける私にとって、やる気を起こさせる何よりの応援であり、励ましです。
 奨学金は、勉強と毎日の生活費という目的通りに使わせていただきます。 

 私と農業・天然資源学科の学生たちに傾けてくださったFUJI教育基金の皆様の愛情に対してふさわしい奨学生であるように、一生懸命勉強することをお約束します。 

 

2011年チャットビン中学校奨学生からの手紙

首都ハノイから南に 100kmほど離れたところにあるニンビン省のチャットビン中学校の奨学生たちから、2011年2月に届いた “年賀状” を紹介します。

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2019年アンザン大学奨学生から

私たちが2019年10月に奨学金を贈呈するためにアンザン大学農業と天然資源学部(Faculty of Agriculture and Natural Resources)を訪問した直前の2019年9月30日に、アンザン大学で奨学金の対象に選ばれた学生たちから、感謝の手紙が届きました。すべて、英語で書かれていました。以下、抄訳して掲載します。


アンザン大学奨学生から届いた手紙(1) 2019年9月

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 4年生・男子:Plant Protection 専攻
 4年生・女子:Food Technology 専攻
 4年生・男子
 4年生・男子:Animal Husbandry 専攻
 4年生・男子:Biotechnology 専攻

アンザン大学奨学生から届いた手紙(2) 2019年9月

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 4年生・女子
 3年生・女子:Plants Protection
 4年生・女子:Animals-Veterinary 専攻
 4年生・男子
 4年・男子:Plant Protection 専攻