テュエンさん
学生たちは誰でも勤勉に勉強し、家庭を手伝って、親を喜ばせたいのです。
しかし、厳しい環境で勉強しながらアルバイトをすることは、学費を払って、家庭の負担を軽くしますが、勉強の結果は思うどおりになりません。
どうすれば、勉強をよくでき、しかも精神と財政の心配をなくせるのでしょうか?
それは頼る人がいない、厳しい環境にある何千人の学生たちの質問です。
私は大学に入ったとき、新しい環境のなか、夢をもって、とても喜びました。
しかし、喜びと同時に、大きなショックが私の家庭を襲い、信じられないほどの混乱のなかに置かれました。
交通事故で、私は永遠にその方と会うことができなくなりました。
その方が大学受験のとき、毎日私を大学に連れていってくれ、何時間も大学の門の前で待っていてくれました。
その方とは、私の父です。
父は家庭の柱で、毎日早く起き、何百キロの野菜を運んでいました。
昼間はバイク・タクシー、便利屋の仕事をしていました。
母は食費の補助のために、家で小さな雑貨屋の仕事をしていました。
私の家族は四人で、両親、私と妹でした。
家族は末子に弟が生まれるのを待っていましたが、ちょうどそのとき、黒い陰に覆われたのでした。
母は早産、難産の困難を乗り越えて、弟の命が救われました。
彼はとてもかわいくて、父とそっくりでした。
家族に新しい人を迎えるという喜びがありましたが、他の子供たちと違って、父がいないので悲しかったのです。
そして、私の家族の生活はもっと忙しくて、厳しくなったのです。
母は朝早くから働いて、私と妹の勉強、末子の弟の面倒を見なければなりませんでした。
そのとき私は母を手伝って、大学を辞めるつもりだったのですが、母はこう言いました:
“お父さんの念願は、いくら苦難があってもあなたたちの学問が終わるまで面倒を見ることでした。私はこのようにいくら苦労してもいいのです。あなたは頑張って勉強して、あとで私を手伝って、兄弟の面倒を見るようにしなさい。”
私と母は、抱き合って泣きました。
私は、母が喜ぶために頑張って勉強することを、母に約束しました。
1年生のとき、私は家庭の困難な環境に置かれてたくさんの機会を失い、勉強の結果があまり良くありませんでした。
2年生、3年生のとき、私は頑張って7.0以上の成績に達しました。
そのとき初めてFuji 教育基金の奨学金をもらいました。
私はとても喜びました。
もし前から奨学金をもらえれば、家族を助けられました。
今年は最後の学年で、卒業テーマのための費用が必要です。
奨学金は、私にとってとても大切なお金です。
有効に使います。
卒業テーマを勉強するときにお金の心配をしなくてすみ、母はもっと安心します。
あらためて、私たちに対するFuji教育基金の皆様の支えを本当に感謝します。
機会があれば、何かFuji教育基金の役に立ちたいです。
スアンさん(天然資源農業科)
奨学金は、学費の一部を払うことができる以外に、私のこれからの勉強の大きな励ましになります。
とりわけ、いま2008-2009年度のテストが近づいているので、なおさらです。
大学に入ることは家族と自分にとって大いなる光栄ですが、たくさんの心配事もあります。
それは学費を払わなければならないことです。
裕福な家庭にとって学費はあまり大きくない支出で、心配することなく払えますが、経済の余裕がない私の家庭のような場合、それは大きい問題です。
三人兄弟の家庭で、私は末っ子です。
私が大学に入ったとき、学費を払うために、私の両親はもっと一生懸命に働かなければならなくなりました。
農村で、畑がなく、厳しい生活だったのですが、もっと厳しくなったのです。
私の両親は人に雇ってもらう仕事で、私の大学の学費を払うことはできませんが、私の前でその心配を言いません。
なぜならば、私の両親は、私が一生懸命に勉強して、卒業して、安定した職業をもって、成功して、両親のような身分から脱出するのを願っているからです。
私の両親は、
“私たちは、あなたの勉強が終わるまで一生懸命に働くから、あなたは親の心を受け止めて、一生懸命に勉強しなさい。私たちは、いくら苦労しても我慢します。お金のことは私たちが考えますから心配しないで。”
とよく言いました。
この言葉は、大学に入って以来、田舎に帰ってお金をもらったときに親から何回も聞きました。
私の心は痛みます。
私の学費のために、両親は私に隠してお金を借りていたのです。
私は何にも言えず、もし泣けば親はもっと悲しくなるので、泣くこともできず、その痛さを抱いて大学に戻りました。
誰が、この環境の私の気持ちをわかるでしょうか。
何百倍も苦しいのです。
だから、私は親の心をよく考え、一生懸命に勉強します。
毎回、私が奨学金をもらえることを知ると、両親はとても喜びました。
今回もそうです。
両親の喜びは、私の勉強の成績が良かったためだけでなく、次期の学費のことがあったからです。
あるとき、田舎に帰ってお金をもらったとき、両親と話しました。
父親の髪の毛が前より白くなって、私はとても辛いのです。
それで、私は、一生懸命に勉強して親の恩を返すことを自分に誓いました。
この奨学金をもらったとき、私は自分の約束の一部分を守ることができました。
両親は、少なくとも次の一ヶ月、お金の心配がなく過ごせるのです。
私は奨学金を有効に活用することを約束します。
英語とIT関係の学費を払います。
それは私の生活費の一ヶ月分になるかもしれません。
この奨学金をもらい、先生方、奨学金を援助してくださる方々、特に両親の恩を返すために、私はよく勉強しなければなりません。
現在の私の目標は学期の試験を頑張って、良い成績を守って、両親と奨学金を援助してくださる方々の恩を返すことです。
Fuji教育基金の皆さま、この意味のある奨学金を作ってくださり、本当にありがとうございます。
それは私たちの夢を手伝ってくれます。
今、私と他の学生の両親の重い荷物が少し軽くなりました。
私はこのような奨学金が、アン・ザン大学の経済的に余裕がない私たちに、これからも来ることを希望します。
私たちが大学生生活を送ることを、私たちの側に仁愛心の皆さまがいて、手伝ってくれます。
私はFuji教育基金が続けて、アン・ザン大学の経済的に余裕がない私たちと同行し、経済的にも、精神的にも援助して私たちが大学に行ける夢を続けてくれることを希望します。
希望と力を抱かせてくれたFuji教育基金の代表の皆さまに、もういちど本当に感謝いたします。
私はよく勉強し、私たちに関心をもってくれた皆さま方の恩に報いることを約束します。
タオさん
皆さまからもう一度奨学金をもらえて、とても嬉しく幸せです。
しかし、奨学金授与式のとき皆さまと会えなかったことが、とても寂しかったです。
今年は私にとって大学最後の年です。またいつ、皆さまと会えることができるのでしょうか。
アン・ザン大学の3年間、私は先生方と友人の支えで過ごしてきました。
3年間は短い期間ではないですが、長い期間でもありません。
その期間は、私に喜びと忘れられないたくさんの記念を残しました。
あと二ヶ月で、私は先生方と友人を離れ、社会人としての生活を始めます。
その生活は新しいことが多いでしょうが、先生方が教えてくださった知識が、私の大きな力になります。
私はよく、大学に入ったときのことを思い出します。
そのころは何もかもが新しくて、私は親の気持ちを無駄にしないように良い成績に向けて一生懸命頑張ろう、早く仕事を見つけて家族を支えられるようにするためにも早く4年間を終えよう、という気持ちでいっぱいでした。
しかし勉強期間の終わりが近づくと、私は複雑な気持ちになってしまいます。
3年以上、親愛なる友人、先生方と一緒にいたのに、離れることを考えると、とても寂しいのです。
卒業してから友人たちに会う機会があるのか、一人ずつ違う所で事業をし、仕事と生活をしていくなかで、皆でいっしょに会う時間があるのでしょうか。
同じように、このあと皆さまと会うことがあるのかと思うと、とても寂しいのです。
この3年間、皆さまは私と共に歩んできました。
皆さまの支えのおかげで、私は勉強を達成できました。
両親も、私の学費のための心配が軽くなりました。
私の大学での勉強が終わる、最後の学期になってしまいました。
私が仕事を見つけることができれば家族の収入が増えるので、二人の弟は安心して勉強を続けることができます。
二人の弟は親の経済を手伝うために学校を辞めて働きたいのですが、そうすれば親はもっと心配になるのです。
幸い、二人の弟は親の言うことを聞いて、親の気持ちを理解し、一生懸命に勉強を続けます。
今年、上の弟が大学に入ったばかりです。
彼は勉強しながらアルバイトをして、家庭の経済を手伝います。
物価が高くて朝御飯は肉まんだけです。
朝御飯ぬきのときもあります。
学校が終わってから、家に帰って御飯を作って食べます。
親は心配し、彼に節約をしすぎないように、もし病気になると薬代はもっとかかりますよと言いました。
しかし彼は、“男だから元気だし、少し我慢しても大丈夫です”と言って笑いました。
私は二人の弟をとても愛しています。
彼らは自分の家庭の経済が厳しいので一生懸命に勉強し、親を悲しませないようにします。
私は卒業したら仕事を見つけて、よい収入を得て、二人の弟が勉強を続けられるように支えることを望みます。
それは私の何年も前からの夢で、実現できることを願っています。
私と、私と同じ環境の友だちにとって、皆さまの暖かい心をとても感謝します。
3年前、Fuji奨学金授与式の際、初めて皆さまと会ったことをいつも忘れられません。
いつか皆さまと会うことができるのを望みます。
ツンーさん(天然資源農業科3年生)
Fuji奨学金は、私が勉強を頑張るうえで、大きな励ましになります。
私は、いろいろなことが不足している、国境に近い村の、経済的に厳しい環境にある学生です。
厳しければ厳しいほど、私の親は、三人兄弟の勉強(二人は学生で、一人は中学生です)の面倒を見なければなりません。
私は、親の苦労がわかるので、自分の生活のために働いて、その上に弟たちの勉強の面倒を見ます。
私は三人兄弟の長男(訳注)で、自分の責任を強く意識しています。
勉強しか運命を乗り超えられません。
自分で自分の将来の方向を決めます。
勉強して、安定する仕事をもち、親を手伝って、下の二人の弟の勉強の面倒を見たいと思います。成功のためには勉強しかない、ということではありませんが、私にとって勉強が唯一の道なのです。
といっても、成功するという道は、難しい道です。
家を離れ、友達と先生方に助けていただいて生活しています。
親のことを考えます。
勉学に励む子供を持つ親の苦労は、同じ環境にいる人にしか理解できません。
いくら厳しくても、親はいつも笑っています。
けれども、その笑いの後ろには、大きな心配があります。
子供の勉強のためのお金をどうすればいいのか、という心配です。
この難しさは、私の家庭だけにあるのではなく、他の多くの友達にもあります。
しかし、物質的な困難よりも、勉強しないことのほうが難しい問題なのです。
私はこのことを知っているので、下の二人の弟に、もっとよく勉強して、自分と自分の環境を乗り越えるように励ましました。
奨学金をもらうのは今回で二回目です。
Fuji奨学金は私に生活と勉強する力を与えてくれます。
私にとってFuji教育基金は大きな励ましで、他の学生たちにとっても努力して勉強に励む力なのです。
奨学金は経済的なありがたみだけでなく、Fuji教育基金の代表の皆様の気高い心、行動を表してもいます。
この奨学金で、学費を払って、外国語とIT関係の勉強もします。
奨学金は、私にとって大きな意味をもっています。
奨学金の決定的な意味は、私がもっとよく頑張って勉強する励ましになることです。
Fuji教育基金の代表の皆様、先生方、友達の恩に報いるために、私は一生懸命に勉強して、もっと良い成績に達することを約束します。(訳注) 「三人兄弟の長男」は、原文に忠実に訳すと「三人兄弟の二番目」と書いてあります。
ベトナムの南部と中部の習慣(北部は違います)では、子供の順番を、1番目、2番目と呼ばず、最初の子を2番目、次の子を3番目と呼んでいます。ですから、3人兄弟の場合は、2番目、3番目、4番目(あるいは末っ子)と呼びます。
グエン王朝の最初の王様の息子の名前は Ca といいました。この Ca は「兄弟のなかで一番上」という意味なので、一説によると、民間人はその言葉を使ってはいけないという掟があるのだそうです。
タムさん(TNTN農業学科)
毎年、Fuji教育基金の皆さまがベトナムにいる経済的に困難な学生たち、私を含めて、アン・ザン大学の学生たちに喜びと希望をもってきてくれます。
遠い日本の国から、さまざまな分野で活動している方々が来て、春をもってきてくれて、私たちの将来の夢に向かっての道を手伝ってくれます。
私たちは皆さまの真心と、分かち合う気持ちに、とても感動し、感激しています。
心からの感謝の言葉以外に、私たちは学問および仕事で良い結果を出して、親の犠牲、学校の教え、皆さまの信頼に恩返しすることを約束します。
皆さま方は私たちの鏡で、知的な生き方と良い生き方の鏡です。
生まれてから、幸運に恵まれた友だちのような物質と精神の豊かさはありませんでしたが、私の少年時代は、親の愛情に恵まれてとても幸せでした。
両親は、私が友だちに負けないように、大事なことをすべて与えてくれました。
両親はいつも笑っていますが、明るい笑い顔の後ろに、一生懸命に労働している辛さ、朝早い市場での苦労を隠していました。
私の家庭にある全ての財産は、家しかありませんでした。
それでも両親は、朝晩、市場で一生懸命に働いて、十何年、私と二人の兄弟を育ててくれました。
両親の生きてきた長い道を見て、今、その気高い犠牲を感じることができます。
両親から貴重なものをこれからも受け取るでしょうが、今でも、私が一生かかっても恩返しできないぐらいたくさんのものを、すでにいただいてしまっていると感じています。
とりわけ雨の日に、両親の苦労を強く感じました。
空気が寒くて、道が滑りやすい、冷たい風の日にも、両親は品物を並べ、市場で売ります。
小さい雑貨店ですから、毎日の生活のために働かなければなりません。
食費、税金、電気代、学費、……いつも両親には休みがないのです。
お母さんの歌:
お父さんの恩は太山の山のように
お母さんの義は源の水のように
この歌はとても切なく、親の愛情はとても大きく、比べるものはありません。
私はよく勉強して、両親にたくさんの喜びをあげられるようにしたいです。
両親が喜ぶと、私には春があるようです。
私が両親に感心するのは、自分の生活が厳しいのに、いつも慈善をし、人々を助けていることです。
初めて大学に入ったとき、母が私に言いました:
“お父さんと私はほとんど勉強することができませんでした。私たちは、子供の勉強のために一生懸命働くだけです。あなたたちは、一生懸命、勉強を頑張って、職業をもって、自分で生活ができるようにしなさい。私たちは遺すべき財産がありません。福祉をして、子供たちにその功徳を残すだけです。功徳だけは長く残ります”。
母の言葉を聞いて、私は両親の大きな功徳がよくわかりました。
親の言った言葉のとおりに、正しくて、正直で、人々のことに関心をもち、人々を手伝って、“自分が少し損すれば、平和になるのです”。
今年、私は生物工学の四年生になりました。
良い成績を出せたので、親と先生方に対して、せめて初歩の段階の恩返しにはなったでしょう。
私は来年、仕事を見つけて、まず自分の生活をしっかりさせ、次に、親に代わって兄弟の勉強の面倒をみて、家庭の経済を助け、親の苦労を軽くしたいと思っています。
私も夢があります。もし、たくさんのお金を稼ぐことができたならば、私と同じように厳しい環境をもつ生徒、学生が、よく勉強できる環境を作ってあげたいと思います。
親とFuji教育基金の皆さまのように、慈善の活動をします。
この夢を達成するために、幸運に向けて、たくさん奮闘しなければなりません。
この夢を達成するかどうか、自分はこの理想を一生求め続けます。
それは、本当の生き方であり、良い生き方だと信じています。
今日、私はFuji奨学金の通知をもらい、とても喜んでいます。
毎年のように、皆さまと会えることを希望します。
皆さまと会えないと、とても残念です。
皆さまは仕事でお忙しくて来られなくても、皆さまの心は、いつも私たちの心の中にあります。
皆さまの御健康と御幸せをお祈りいたします。
明日、奨学金が私たちの手に届きます。
まず、母にセーターを買ってあげます。北風の季節に、今のセーターは古くなったのです。
残りのお金で、学期と英語の学費を払います。
私は、Fuji奨学金をもらうのを知って、両親がびっくりして、とても喜ぶのを想像します。
アイン・トゥさん(食品&微生物工学)
私は元気で勉強をがんばっています
夏が終わりました。
学生たちは新学年を迎え、たくさんの学ぶことが私たちを待っています。
去年、私は「優秀な学生」として、この喜びをFuji教育基金の皆さんに分け合いました。
皆さんの助けは、私の勉強の大きな動力になりました。皆さんの信頼を裏切らないようにもっと勉強することを約束します。
長い間皆さんにemailを書かなかったことをお詫び申し上げます。
今夏、3学期の補習があるので夏休みはありませんでした。
今日(8月27日)、試験が終わりました。
全力でやりましたので、良い成績になると思います。
試験が終わりましたので、今日から9月2日(ベトナムの建国記念日)まで休みます。
その後、新学期を迎えます。
皆さんに良いことをお知らせします。
今年の夏、私は「試験接力」(大学の受験生の手伝い)の活動に参加して、「優秀選手」になりました。
それは私にとって3回目ですが、皆様を喜ばせるのでしょうか?
私の属している生物工学科は、二つの学科に分かれました:農業生物工学と食品&微生物工学です。。 (アンザン大学)
私は食品&微生物工学を選びました。
全力で勉強して、まじめに研究することを約束します。
私たちは工業区に実地研修しに行きました。
これは、私たちにとって、良い勉強の機会だと思います。(2008年8月27日)
