FUJI教育基金からチャットビン中学校への奨学金授与は、今年で7年目。 ベトナムでは中学校は4年生まで、日本の小学校6年から中学3年までの生徒がいる。
 チャットビン中学校の生徒数は年々減少していて現在338人だが、9クラスに対して 教室は7つしかなく、2部授業はまだつづいている。
 今年の奨学生40名の中には、3年続けて奨学金を貰った生徒が8名いた。 挨拶したフアム・テイ・ミン・フエンさんもその一人だった。
 何人かの生徒は、前回の2006年に訪れた私たちを覚えていて、松永さんを「MIKIKO! と呼んで、感激していた。  以下、チャットビン中学校訪問、奨学金授与式、生徒たち との交流の様子を報告します。

2008年10月4日 [チャットビン中学校で奨学金授与式]


[チャットビン中学校へ出発]

 ハノイ市内のホテルで、ハノイに先に来ていたカーさん(男性)、ビロタスの現地スタッフで FUJI 教育基金の活動などを手伝ってくれているバンさん(女性)と合流。
 今回の旅の主目的である奨学金を授与するニンビン省まで114キロメートル、一路南に マイクロバスの旅(約3時間)です。
 午前7時30分、各人、名札を首にかけて出発!
 ルーンさんたちが、これから訪問するチャットビン中学校の生徒たちも解りやすいように、 MIKI, KAZUなどと略称を付けてくれました。

 ハノイの町の朝は早い。6時ごろから通りは、自転車、バイク、自動車でいっぱい。活気に 溢れています。FUJIの旅への参加は初めてですが、過去2回(1975年、2003年)ハノイを 訪れたことがあります。2003年時と比べてバイク、自動車の数が多くなり、しかも全員が ヘルメットを着用(1年ぐらい前に法令で着用義務化)し、女性の方はマスクをしている (廃棄ガス対策か)ことが様変わりです。
 道路いっぱいに一斉に走るバイクの流れには驚かされます。車中から見ているわれわれの ほうが、ヒヤヒヤしてしまいます。バックミラーが付いているバイクは、ほとんど 見かけません。それなのに、あの混雑の中を、男女を問わず、スイスイと走り抜けて いくのには、ただただ感心します(自分ではけっして乗れそうにない)。
 官庁街から郊外への間は、間口が狭く、綺麗とはいえない古い家がビッシリと 軒を並べています。そんな家の前の歩道部分には、フォーを売る店をはじめ、 さまざまな出店が雑然と並び、動き出しています。



 ハノイの市街地から郊外に移るあたりには、新しい近代的な高級住宅街が出来つつあります。 一戸建て、高層マンション……。道路も大きく拡幅されています。こういった場所に生活する のは、外国からの駐在員か、政府関係者のようです。  ちなみに、1戸1千万円とか、あるいは3千万円、4千万円の建物もあるとのこと。
 郊外に抜けると、道路脇には一面、水田が広がります。ちょうどお米の収穫時期です。 田圃の中に農民の姿が、以前訪れた1975年、2003年時とそう変らない姿で見られます。
 変わったなという点は、時々、発動機を使った脱穀機が使われていること。でも、いまも、 道路の中ほどまで稲藁やモミが干してあるのに驚きます。 日本では、田園地帯に行くと スズメやコサギが見られますが、ここではそんな鳥たちの姿は、目に付きません。 どうりで案山子の姿もなく、チョット単調で、寂しい感じがします。

 幹線道路から地方道路へと、目的地が近づくにつれて道路の舗装が悪くなり、マイクロバス はよく揺れ、はねる。
 途中、ハノイから2時間ぐらい走ったところで、簡単な食事ができ、飲み物もあるドライブイン らしきところで、トイレタイムを兼ねて小休止。しかし、なかなか出発する気配がない。 車のタイヤをチェックしているようでしたが、後部の1本が駄目とのことで、パンク修理が 始まる。店の若者がバールとハンマーを持ち、手際よくタイヤを外し、作業を進める。
 この間、約1時間。ルーンさんとカーさんは、学校との約束の時間が気がかりらしく、 落ち着かない様子。ようやく無事修理も終わり、再出発。店の青年一人で、大活躍でした。

こんなハプニングがあったものの、いよいよチャットビン中学校が近づきました。水田地帯の 狭い道を行くと、チャットビン中学校は、国旗や青,黄のノボリが周囲の塀に立てられていて、 周囲から目立つ存在になっています。着いた!







 校門横の、池というより沼といったほうがふさわしい水面には、ホテイアオイの青紫の花が いっぱい咲いていました。 校内に入ると、関係者から歓迎の握手攻め!!

 訪問団の到着が車の故障で遅れたので、すぐにも教室で授与式をやりたいということになり、 生徒たちの待つ教室内へ案内されました。  私たち訪問団は前方の席が用意され、生徒たち40名は後方の席に座っています。教壇の左側 にはホーおじさんの胸像、右側には教育に関するホーおじさんの言葉が掲示されていました。
 今日の奨学金授与式には、ニンビン省の教育関係者、地元人民委員会の幹部の方も同席と のことでした。

[奨学金授与式]

 ベトナム側は生真面目な挨拶が続く。よく見ると、ビッシリと挨拶文が書き込まれている A4用紙2枚を読まれる形で、挨拶をされていました。日本語への通訳はカーさん。
 「国家建設、人民の生活向上、教育の充実のために、皆さんの支援は大きな力になる。 私たちも、いっそう努力したい。」
 ベトナム側の挨拶が終わると、数回に分けて、訪問団から一人一人の生徒に奨学金を授与し、 その場で記念撮影。





 その後、中学校に対してコンピュータ1台を贈呈。  生徒たちに、2年前の訪問時の写真、絵ハガキ、岩田さん特製の各種ゲームや資料などを、 ルーンさんが説明しながらプレゼント。



 とりわけ、しゃべりながら手でドラエモンの絵を書いた紙を持って口をパクパクさせる 「パクパク にっこり ドラえもん」には、反響が大!(生徒たちは、よく知っている)。



 中学3年生になるフアム・テイ・ミン・フエンさんが、  「皆さんの支援を無駄にすることなく勉学に励みます。ありがとうございました」



というお礼の挨拶を行い、授与式は終了しました。  ……授与式が終るやいなや、教室内でSIGN合戦。いろいろなプレゼントを手に、生徒たちが訪問団員に SIGNを求めてきたのです。岩田さん、松永さんは特に大モテで、大汗をかきながら応じておられました。



 教室の外での全体記念撮影の後に、昼食を兼ねた会食の場を設けていただきました。料理は、 近くのホテルからの取り寄せだとか(チョット、もったいない……。 これがベトナム風歓迎?)。ここの校長は、FUJI教育基金からの2年前の訪問時にも 酒豪振りを発揮されたそうで、今回もご機嫌が良かったようです。校長自ら訪問団一人一人に 酒を注いで回られるのですが、キチンと受けられる方は松永さんだけで、彼女ひとりが大受け! 最後の別れのときには、訪問団全員が校長に頬付けされるまでに歓迎され、恐縮の思いでした。

 今回、チャットビン中学校を訪ねて、ゴムゾウリ履きの生徒たち一人一人が、瞳をキラキラさせていて明るい感じであることには感動!を感じました。  反面、学校の施設設備の貧弱さには愕然としました。
   上下水道なし、
   雨水をためた貯水槽の水を飲み水に使っている、



   トイレは大小の区別さえないような状態、
   教室内の扇風機もかなりの時代物……。
 このような状態のなかでFUJI基金の果す役割は?
 そしてベトナムの国家としての教育政策は?
 ――無い頭を悩ませました。

[カーさんの実家を訪ねる]

 中学校訪問後、カーさんの実家が近くだとのことで、皆で訪ねることになりました。
 周辺でもいちだんと広い敷地に大きな家を構えた、古くからの豪農?  敷地の中にさまざまな果物の木が大きく育ち、実を付けています。



  90歳すぎのおばあさんもご健在で、凜としたお姿で居られました。歴代のご先祖を祀った 大きな廟も、敷地の中にキチンと守られておられる! 突然の訪問のうえに、お茶までご馳走 になりました。

[ファットジェム教会]

 今日のスケジュールの最後は、ファットジェム( Phat Diem)教会でした。  お寺と教会がドッキング!
 19世紀の末の建築で、伝統的な寺院建築とゴシック様式が合体された独特の建築美で 有名らしい。東南アジアでも最大級の教会のひとつで、ベトナム北部のカトリックの総本山 ということです。
 石組みアーチ門の上には、瓦屋根が載った鐘楼があり、後ろには幅24m、 奥行き80m、 高さ18mの大聖堂が、側面や内部はどっしりとした木の柱で支えられています。 大聖堂の周囲には、石の教会や、小さな教会がいくつか配置されていました。 「ファットジェム教会」とは、これらの建物の総称ということです。  ちょうど礼拝中で、ベトナム語での賛美歌の練習中でした。

 ホテルへの帰途、道路脇の市場に寄り道。野菜、果物、肉、etcの出店が並んでいて、 文旦を購入(3個で9,000ドン)。バンさんが 車の中で素早く皮をむいてくれ、皆さんの口へ。 甘みは強くないが、水分が多くて美味しかったです!

2008年10月5日 [チャットビン中学校の生徒たちとの交流会]


 翌5日は日曜日で、生徒たちは休日。生徒たちと交流の遠足をしました。
 前回訪問(2006年)時、車に乗ったことのない子供たちが車酔いをしてしまったので、 今回は藤村さんが酔い止めを日本で用意しました。4日の授与式のあと、招待した生徒たちに、 「翌朝飲んでくるように」と言って、配っておきました。
 一行は、生徒たち20人、先生6人、それに訪問団。  ホテル前で生徒たちと合流。 2台のマイクロバスに、訪問団と生徒たちが入り混じって乗車。



 車内ではもどかしい思いで、身振り手振りでカバーしながら、ブロークン英語の自己紹介……。 自分の語学力のなさに、今さらながら悲しむ! 生徒の中には。結構、流暢に英会話のできる 子もいて、こちらがタジタジ!
 岩田さんが準備してくださったゲーム等で、楽しく交流しながらタムコックを目指しました。

[タムコック(Tam Coc)]

 タムコックは、石灰岩の切り立った岩山と川が織りなす水墨画的な風景として有名なところで、「陸のハムロン湾」あるいは「ベトナムの陸の桂林」との別名もあります。岩山の洞窟を、水路をたどって舟で周遊できます。ちなみに「タムコック」とは、3つの洞窟という意味です。
 舟遊びが始まるやいなや、1羽の小鳥が目の前をスーと飛んでいく。おや?カワセミでは。 イヤー幸先が良い!(帰国して調べたら、インドシナはカワセミの生息地でした)。





 途中、見上げると、岩山の上部に白く動く物が。船頭さんが指さしながら、 「コンゼー、コンゼー!」と声をあげています。野生のヤギだったようです。
 今にも頭がぶっつかりそうな真っ暗な洞窟を3カ所くぐり抜ける。スリル満点。生徒たちも、 楽しそう。私は、ハロン湾よりこちらが好きになりました。



  ただ、ここでは外国人の乗る舟が決められていて、私たちは子供たちと一緒の舟に乗れません でした。後で考えたのですが、外国人にものを売りつけたり、外国人からチップをたくさん 貰ったりするためではないかと思うのです。子供たちと一緒にいたかったのに、残念でした。

[ヤギ料理の昼食]

  舟から降りて、昼食。初めて食べるヤギ料理でした。生徒たちは皆おとなしく、こちらが 料理をよそってあげるまで、手をつけません。2006年のときの生徒たちは、どんどん私たちに 料理をすすめ、御飯をよそってくれ、おかずも、まず私たちにとってくれてから、自分たちも 食べていたのですが、遠慮が強かったのか、まだ私たちに打ち解けておらず、恥ずかしかった のでしょうか。  昼食が終わってからは、私たちが持っていったおやつを一緒に食べたり、折り紙やパズルで 一緒に遊び、それはマイクロバスに乗っても続きました。

[ビックドン寺(Chua Bich Dong)]

 タムコックからちょっと離れたさらに奥、山のふもとにあるビックドン寺へマイクロバスで移動。





 15世紀に創建され、18世紀に修復された、歴史のあるお寺です。  山のふもとから、山頂まで、3層にお寺があり、中腹の「中寺」は洞窟の中にありました。それぞれの 層にある寺は階段でつながれていました。

[バイディン寺 (Chua Bai Dinh)]

 その後、2010年落成をめざして建設中の大規模なお寺で、ベトナム最大のお寺になる バイディン寺を見学。
 鋪装していない道の両側には、瓦や建築資材が積み上げられ、たくさんの等身大の菩薩 や羅漢の像が並んでいたり、作りかけの池があったり、大きな鐘がおいてあったりして、 なんとも面白い。



 足下が危険で、また、あまりにも広くて、歩くのが大変です。しかし、校長先生の指示で、 私たち1人に生徒が2人くらいついて、バックを持ったり手をつないでして、助けてくれました。
 初めの大きな建物には、奈良の大仏くらいの大きな仏様が安置されていました。



 見学のあいだじゅう、2人の中学生が、向野さんと手をつないで一緒に歩いていました。 坂道では、向野さんの両腕を抱えて持ち上げ、最後まで、本当に、優しい思いやりのある 姿を見せられ、それが、微笑ましくも頼もしく思えました。  次に来る2年後には、このお寺はできているでしょうねと、みんなで言い合いました。

 見学を終え、マイクロバスでホテルへ戻り、藤村さんが昨夜遅くまでかかって携帯プリンタで 打ち出した生徒たちの写真を、それぞれ1人ずつに手渡し、交流は終わりました。