首都ハノイから南に 100kmほど離れたところにあるニンビン省のチャットビン中学校の奨学生たちから、2011年に届いた “年賀状” です。
会員の藤村知子さんが、しばらく前からチャットビン中学の生徒たちに、毎年ベトナムの新年、テトのときに年賀状を送っていました。
しかし、いままで返事がきませんでした。ベトナムには、ごく親しい人や取引先の人との間ぐらいでしか年賀状をやりとりする習慣がないので、生徒たちは “年賀状” を受け取っても、どうしていいかわからなかったのでしょう。
今年はチャットビン中学校の先生にも、“年賀状” の趣旨を説明して送ったところ、生徒たちから、たくさんの“ 年賀状” が届きました。
以下では、年賀の挨拶や感謝の言葉などを省略して、届いた “年賀状” を紹介します。
なお、ベトナムの学校制度は5・4・3年制を採っています。ただし、日本と違って、小学1年、中学1年あるいは高校1年とは呼称せず、小学1年から高校3年まで一貫して、1年生、2年生、…、12年生と呼称されます。ここでは理解しやすいように、カッコ内に日本式方法を併記しました。
HOANG VAN THONG (ホアン・ヴァン・トン) 先生
アジア各国での迎春の候に当たり、皆様のご健康とご多幸をお祈りいたします。そしてFUJI教育基金のおかげで、チャットビンの地元の人々、また先生や生徒たちが一緒に頑張れたことを感謝いたします。
私のいちばん下の妹も皆様の奨学生でした。おかげさまで妹は、地元の高校に進学し、大学を卒業して、現在、銀行で働いております。
私は学校で、大勢のチャットビンの生徒が、FUJI教育基金の奨学生となり、大きく成長したことを実感いたしました。
奨学金を受けた妹の兄として、学校の教師として、地元の一人の県民として、皆様の教育支援活動に心からお礼を申し上げます。
これから先もチャットビンの生徒が皆様の支援を受けられよう、また皆様の活動がよりいっそう発展されますよう期待いたしております。
1-PHAM THI THUY(ファム・ティ・トゥイ)女子 8年生(日本の中2に当たる)
FUJI奨学金を受け取ることができ、また、皆さまと一緒に野外参観に行くことができ、本当にありがとうございました。奨学金は、きっと私の夢を実現するための大きな力になってくれると思います。
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私は小さいころ、学校の先生になる夢を持っていました。
その後、ガンで亡くなった父のことを思い、いまは医者になる夢を抱いています。
ベトナムの発展のため、また私の家族のような悲しみをなくすために、良い医者になりたいです。
2-PHAM THI THU UYEN (ファム・ティ・トゥ・ウエン)女子 7年生(日本の中1に当たる)
今年のベトナムの正月休みは、とっても楽しかったです。私は、自分で3つのバインチュン*) を作りました。また、お年玉をもらいました。お年玉は、本を買ったり、塾の学費などに使います。
昨年10月に皆さんと一緒に旅行できたことを、ずっと覚えてます。言葉は通じなかったけれど、旅行のおかげで皆さまのことをより知ることができました。
経済的に困難な友人たちが、これからも学校へ通えるように、奨学金を続けてください。
私は、これからも皆さんと手紙を交換したり、連絡ができるといいなと思います。
*) バインチュン(Banh chung):“バイン”は「もち」を意味し、“チュン”は「蒸す」を意味する。ただし実際の作り方には「蒸す」だけではなく、ゆでたり煮込んだりする方法もある。中国の「粽餅」(ちまき)に似ている。しかしベトナムのバインチュンは中国のものよりかなり大きく、形は正方形で、中身には脂身たっぷりの豚肉や緑豆餡などが入っている。日本の正月用餅と同様、ベトナムの代表的なおせち料理の一つである。
3-NGUYEN THI HIEN(グエン・ティ・ヒエン)女子 8年生(日本の中2に当たる)
私たちの勉強を助けるための基金を創ってくださいましたこと、ほんとうにありがとうございます。FUJI教育基金が、これからもチャットビンの貧しい生徒たちだけではなく、他の地域の貧しい生徒たちの力になってくださることを希望しています。現在、私は8年生で、来年高校に合格するため、一所懸命に勉強しています。
日本にはすばらしい伝統がありますね。ベトナム女性のアオザイと同じように、日本女性の着物姿は、とってもチャーミングで美しいです。私は日本の桜を見ることを夢見ていますが、たぶん難しいでしょう。
日本の中学校のことをいろいろ知りたいです。べトナム語の資料などがあればいいのですが……。私の叔父が日本で研修を受けていたとき、日本のことを、ときどき電話で話してくれました。とっても面白かったです。私は、日本のドラエモンや名探偵コナンのファンです。これらの漫画の作家をたいへん尊敬しています。日本人の才能は、ほんとうに素晴らしいと思います。
私は、学校の先生になるという夢のために、また愛するベトナムの発展のために、そして皆さんや学校の先生の期待に応えるために、一所懸命に勉強しようと思っています。
まだまだ、いろいろ書きたいのですが、これくらいにしておきます。皆さんがいつもお元気で、楽しく過ごされることを願っています。また皆さんにお手紙を書きますね。
4-PHAM THI TRANG LY(ファム・ティ・チャン・リー)女子 8年生(日本の中2に当たる)
FUJIの皆さんとは数回しかお会いしていませんが、皆さんはとっても優しい方々だと感じました。2008年のタムコック*) 、ビックドンへの旅行のこと、ずっと覚えています。言葉が分からないので、皆さんとたくさん話すことができませんでした。でも、私とずっと一緒にいて日本語を教えてくれた実姫子さんのことを、いちばんよく覚えています。
ベトナム女性にとってアオザイは伝統的なものですが、テレビなどで見る日本の着物も、とても綺麗です。
私は、あと数ヶ月で中学を卒業します。高校の試験に合格するよう頑張ります。私は将来、英語の先生になりたいです。そしてチャットビンの中学校で働くことを望んでいます。そうすれば、また皆さんとお会いすることができるでしょう。
*) Tam Cocは「三つの洞窟」の意味。ハノイの南100kmに位置するニンビン省の観光地の一つ。
5-TRAN THI HUYEN TRANG(チャン・ティ・フエン・チャン)女子 9年生(日本の中3に当たる)
毎年、新学年が始まるたび、皆さまからのご支援のおかげで学校の本や制服などを買うことができ、家族に少しですが心配をかけずに済むことができます。
皆さまの優しいお心遣いは、私たちを励まし、私たちの力になり、勉強も頑張ることができます。
ですから、親に会うような嬉しい気持ちで、いつも皆さまにお会いしています。
学校の先生方、親、そして皆さまの応援に応えるため、私は学校の優等生として、インターネットを通じて行われる県の英語コンクールに参加し、最高得点(300点満点の300点)を得ることができました。こんどは数学のコンクールにも参加します。私は、全身全霊で頑張ります。
先日、ニンビン省の新聞社が私にインタビューしました。そして、よく勉強したお手本となる中学3年生として、私を新聞に載せてくれました。先生方とFUJI教育基金の皆さまの支援のおかげで頑張ることができ、私は幸せです。
でも、もうすぐ私の大好きな先生や学校とお別れです。皆さまと一緒に写した写真を目にすることがなくなり、皆さまとお会いできなくなることがたいへん寂しいです。
私は、みんなの病気を治すため、医者になるために勉強がしたいです。
私の家族は経済的余裕がありません。
私の親は、3人の子供を養うため、とても苦労しています。
いちばん上の姉は、ホーチミン市の大学2年生、兄はツードクの専門学校に入っています。
2人は、1か月400万ドンで一所懸命に節約して生活しています。
姉は、何か月も肉のない食事をしながら、父と母のために節約しています。
私の母は足が悪く、父は腰がいつも痛くて、重いものを持つ仕事ができません。
ときどき母が悲しい顔をしています。それを見ると、母のことで胸がいっぱいになります。
私は、両親、先生、FUJI教育基金の皆さまのため、良い子供となるように、そして勉強ができる生徒になれるように頑張ります。
6-NGUYEN THI YEN(グエン・ティ・イエン)女子 7年生(日本の中1に当たる)
今年のお正月を、家族一緒に楽しく迎えました。大晦日の日は、花見をしながら、美味しい料理を楽しみました。お正月を過ぎると、私の年齢が1つ増えるので、一所懸命、両親の手伝いをしながら、勉強も頑張ります。
私の田舎は、経済的にまだ厳しいですが、皆さまのご支援のおかげで、私の勉強の環境は前より良くなり、今は勉強が楽しく感じられるようになりました。
これは、私のささやかなお願いです――もし皆さまがずっと私たちのことを支えてくだされば、きっと私たちは自信をもって頑張れると思います。
7-PHAM THI HONG LY(ファム・ティ・ホン・リー)女子 8年生(日本の中2に当たる)
ベトナムの楽しく幸せなお正月が過ぎました。ベトナム人は誰でもこの伝統的な祝日が好きで、とくに私たち生徒は大好きです。なぜならば、お年玉がもらえるからです。
お正月のあと学校で、どんなお正月を過ごしたか、みんなでお喋りすることを、たいへん楽しみにしています。
例えば、家族と一緒にバインチュンを作ったこと、大晦日の夜の花見、あるいは大晦日の漫才でお腹が割れるぐらい笑った話しなどです。
小さい子供たちは、桃の木の周りを走ったり、ボール遊びをしたりして、ほんとうに可愛いです。
ところで、私自身のことを皆さんにお話します。
私は、6年生のとき、頑張ったけれど、残念ながら奨学金をもらうことができませんでした。7年生のときも、私と友人は同点でしたが、最終選考で友人が選ばれました。しかし、私は希望を失わず、続けてがんばりました。そして今年、私は奨学金をもらうことができたのです。
いま、小雨が降ってきました。そろそろ書くのを終わりにします。また時間があるときに、現在の私の田舎や学校のいろいろなことを書きます。皆さんが、いつもお元気でありますように願っています。
8-PHAM VAN HAO(ファム・ヴァン・ハオ)男子 9年生(日本の中3に当たる)
私の家族は、両親、兄、姉と私の5人です。私が2年生のとき、父が亡くなりました。母が、私たち兄弟3人を育てています。現在、兄は働いていて、家族を助けています。
私の夢は、お医者さんになって、人々を助けることです。私は、毎日5時間勉強しています。私は友達と同じように学校へ行き、先生方のお世話になっています。
皆さんの奨学金のおかげで、私を含めた40人の生徒は励まされて、国レベル、県レベルの優等生の賞を受賞しました。
9- HOANG THI VAN (ホアン・ティ・ヴァン)女子 8年生(日本の中2に当たる)
私のいちばんの夢は、旅行ガイドになることです。そして世界の美しさや特色を理解することです。FUJI教育基金が生活と勉強の費用を援助してくれることは、私の夢を実現する助けとなります。また、私の夢に対する決心や努力への応援となっています。
私の故郷は、空気がきれいで平和ですが、生活は、厳しく、苦労しています。私の家は、農家なので収入があまりなく、新しい服はあまり買えません。私は兄弟の面倒をみたり、家事手伝いをしています。
FUJI教育基金の援助は、私たちのような厳しい環境の生徒にとって、とても助けになります。奨学金基金がさらに大きく発展して、チャットビンの生徒がこれからも学校へ行くことができ、夢を持って頑張ることの助けになるよう、お願いします。
数か月後、私たちには、高校受験があります。私は頑張って、いちばん良い結果をFUJI教育基金の皆さんに贈り物としてお送りしたいと思います。
最後に、皆さんが、私たち貧しいけれど向上心を持った生徒たちを見守ってくれることに、心から感謝申し上げます。
10-PHAM THI THU(ファム・ティ・トゥー )女子 8年生(日本の中2に当たる)
私は、たくさんの希望と夢をもっています。勉強で友達に負けないように努力します。これまで15年間頑張って、私はある程度の知識を身につけることができました。
でも私は人間関係に対して積極性がないので、この欠点を頑張って直します。そうすれば社会に出て、自信をもって夢を達成することができると思います。皆さんもそう思うでしょう?
私は、まだ皆さんにベトナムと日本の好きな点について話していません。
まずベトナムについてですが、団結心、向学心といったベトナムの伝統は、私の自慢です。この伝統を維持し発展させることが大事だと思います。
その他、アオザイ*)とノンラー**)が好きです。これらは、ベトナムの女性の美しさを表現しており、とても工夫が凝らされています。またドンソン太鼓***)も大好きです。
日本にも、私の好きなことがたくさんあります。
例えば日本の伝統の着物です。とても印象的な服で、色とデザインが綺麗です。富士山も特別な山です。
もうひとつ日本の好きなことは、漫画と映画です。とくに映画が大好きです。映画はとても意味深く、私にたくさんの感動を与えてくれます。
私の夢は、高校に合格し、その後、大学に合格し、最後に学校の先生になることです。もし実現できれば、とても嬉しいです。
*) Ao dai:「長衣」を意味する。ベトナムの民族衣装。
**) Non la:シュロの葉で編んだ女性用の笠。日本の菅笠に似ている。
***) ドンソン太鼓:紀元前4世紀頃から紀元1世紀頃にかけて、ベトナム北部の紅河流域を中心に、東南アジア初期の金属器文化(ドンソン文化)が栄えた。1920年代、フランス極東学院の考古学者らによって遺跡が発見され、特徴的な銅鼓が有名になった。鉄器の銅鼓もあるが、青銅器の銅鼓が発達した。これがドンソン太鼓である。
11-TRAN THI LOAN (チャン・ティ・ロアン )女子 9年生(日本の中3に当たる)
学校へ行くことは、とても楽しいです。私は、家で長女としての責任と自覚を持ち、いつも兄弟のお手本となり、両親にとって良い子であるように頑張っています。学校のクラスでは、良い生徒でいるよう奮闘しています。
私はもっと良い成績を収め、家族と先生方を喜ばせたいのです。これが私の希望です。
人間、とくに若者は、みな自分の夢をもっています。お医者さん、技師、画家、歌手、俳優などさまざまですが、私は学校の先生になり、生徒たちに知識を伝えたいです。その夢を達成するために、私は一所懸命に頑張らなければなりません。
これから学校で、高校受験に合格するため努力します。その後は、大学受験合格のためにです。
卒業後、私は今の学校(チャットビン中学)の先生になりたいです。これは私の理想で、どうしても達成したいのです。
12-TRAN THI HUYEN TRAM(チャン・ティ・フエン・チャム)女子 8年生(日本の中2に当たる)
皆さんのお正月はいかがでしたか? 私は、親と兄弟たちが帰郷しなかったため、祖父母と一緒にお正月を迎えました。家の中の人数は少ないけれど、お正月の雰囲気が変わることがあってはなりません。
大晦日の朝、私は、お祖母さんと一緒に市場へ、花、線香、果物、肉、バインチュンを包むための葉っぱなどを買いに行きました。
皆さんもバインチュンの作り方をご存じですか? バインチュンは、時間を掛けて楽しく、細かく丁寧に作ります。
バインチュン作りで私が大好きなことは、バインチュンをゆでるときです。外の寒さの中、暖かい火のそばで、出来上がるバインチュンを待つ気分は、とても楽しいです。
元旦は、いちばん楽しい日です。祖父母の家に親戚一同が集まり、新年を迎えます。
そして皆でご先祖様を迎えるときが、いちばん神聖なときです。外は冷たい風とともに雨が舞い、家の中はご先祖様をお迎えする言葉とともにもくもくとお線香の煙が立ち込めます。
ご先祖様を迎えたあとは、家族で食事をします。一年中で正月ほど楽しい日はありません。
2日は、叔父叔母たちを訪問します。3日は、同じクラスの友達と一緒に先生方に挨拶に行きます。
正月休みが終わると私たちは学業に戻り、友人や先生方と再会します。先生方と新年の挨拶を交わし、正月休みの出来事などを話します。
そして数週間たつと、田植えの時期がやってきます。気温は10度をうわまわるぐらい、空気は冷たいですが、作業が間に合うよう、私たちは田んぼに出なければなりません。
私は自分の両親のことも思います。両親は田植えの時期が来るたび夜中に起きて仕事をしなければならず、たいへん苦労しています。ですから私は愛する両親のために学業に励み、奨学金を受けることができるようにがんばりました。奨学金は、学費や他の費用に使いました。奨学金のおかげで、毎回、両親が私に学費を送らなくてもよくなりました。
私の家族は兄弟が多いです。しかし、どんな困難があっても勉強に励もうと決心しました。
私は自分に合った専門職を目指すことを決めています。
私の学校は、各自が望む専門教科に生徒を選抜します。私は受験生の中に入りました。第一に学校の名誉のため、第二に先生と友人のため、第三に私たちがもっと多くのことを学ぶため、私と親しい7人の友人は先生といっしょに高い成績を収めるため、頑張っています。
皆さん、今年も私たちの学校に来てくださいますか? 私たちの学校はずいぶん変わりましたよ。実験やコンピュータの勉強を受けることができるようになりました。図書館もできました。でも、まだ図書館利用カードがないので、本を借りることはできません。
13-PHAM THANH HUNG(ファム・タン・フン)男子 8年生(日本の中2に当たる)
2011年2月20日 チャットビンにて。
(中略)
いただいた年賀状で、ベトナムと日本のお正月の違いが分かりました。この違いは、国の風俗や習慣の違いからくるものですね。
私は、ベトナムの発展のため、病気を治す医者、もしくは高層ビルディングの設計士になる夢を持っています。皆さんからの奨学金は、私たちが夢をめざす力となり、私たちの勉強の費用の一部を支援してくれました。
私たちの田舎は、環境はたいへん良いと思いますが、大部分の人々は農家で、経済面ではまだ厳しいところがたくさんあります。そのため一部の生徒は、勉強がよくできても、貧しいために学校をやめなければなりません。ですからFUJI奨学基金は、貧困世帯の生徒にとって、たいへん大きな助けなのです。彼らに夢を与えてくれるのです。
最後になりますが、チャットビンの貧困世帯の生徒が、よりよく勉強できるために、これからも支援を続けていただきたいです。またそのために基金がもっと発展してほしいです。
皆さんが、いつまでも貧困の中で頑張っている学生たちの友人でいてくださることを願っています。
14-NGUYEN VAN BIEN(グエン・ヴァン・ビエン) 男子 8年生(日本の中2に当たる)
皆さんとお会いしたのは、数ヶ月前の、一日一緒に旅行したときです。本当に短い時間でしたが、とても親しみを感じました。その日の昼食のときに、二人の方が話してくれたことをよく覚えています。
「日本の中学校は、午前は思考力を必要とする科目、午後は一般の科目を勉強し、学校には、実験室や体育館などがある」
ということでした。 私も、できれば設備が整っている学校で勉強したいです。
私の田舎はまだ貧しく、そのような学校の建設は、とても難しいと思います。
しかし学校と地元は、チャットビンの子供たちのため、がんばりました。現在の学校は、6年前と比べて大きく変わり、きれいになりました。
私の家族の生活は、まだ厳しいです。米の収穫時期は、家族の手伝いのために、学校を休まなければなりません。FUJI教育基金の奨学金のおかげで、私の勉学への家族の負担が少し減りました。また親は、子供の勉強の大切さを理解して、勉強に投資してくれています。
とくにFUJI教育基金は、私に自分の将来を目指すという自信を持たせてくれました。そして私は、いま、お医者さんになる夢を持っています。
皆さんからの奨学金に本当に感謝申し上げます。私たちの田舎のような貧しい地域の学生が頑張って勉強できるよう、FUJI教育基金がいっそう発展してほしいです。最後に皆さんが、いつもお元気でお幸せでありますように。
